●た〜ぼの日記


日記は苦手なので、どうなるやら...
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2003.10.31(金)  晴れ Halloween

 カボチャを採ろうかと思っていたんだけど、蕎麦を掃除するのが先だったようで収穫出来ませんでした。今年はそんなに成っていないしね。

 野菜のソムリエという資格があるようで、NHKでやっていた。面白い資格だと思う。農家は産地の野菜については詳しいが外は見ない。消費者は農家の実体は知らない。そういう意味では面白い資格かな。

 お化けカボチャのコンクール、きっと今年もやったんだろうなぁ。

2003.10.30(木)  晴れ 文華秀麗

 googleという検索エンジンで、「文化秀麗 FM-8」と打ってみた。1件引っかかった。そのHPはセキュリティがかかっていて見られなかったが、googleのキャッシュを通じて見てみたら、HPを作った彼は、私が高校時代に作ったワープロ(というよりは、エディタ+FEPに近い)を漢字変換に初めて使ったらしい。

 この文華秀麗というワープロは、実は今でも我が家のFM-8で動く。20年も前の作品である。掲載記事は、今でもある工学社の雑誌「I/O」に載った。当時はプログラムは雑誌から直接ユーザが打ち込むものであったが、オーディオテープでも売られていた。ビジネス用途と称して、当時としては破格の9800円で販売したのを思い出す。この名前、確か漢和辞典を隅から隅まで見ていて決めた記憶がある。当時からちゃんと商品の名前を決めていたあたりが何とも私らしい(^^;;当然ながらすべての設計書は残っていますから、これも凄いなぁと思います。

 で、気になって、いろいろと検索していて、不思議な巡り合わせに気づきました。

以下、完全に引用ですけど(出典:http://www.ne.jp/asahi/kiwameru/kyo/jiten2.htm)。
  ●河陽離宮
   現在の乙訓郡大山崎町離宮八幡宮付近にあった。嵯峨天皇の離宮。
  摂津水無瀬・河内交野への遊猟が多かった嵯峨天皇が、便利のためか、
  弘仁五年(814)それまでの宿舎としていた山崎駅を離宮としたもの。
   景勝地としても有名で、「文華秀麗集」「凌雲集」には当地の景勝を
  賞でた詩を多数収載。河陽とは川の北岸を意味し、当地が淀川の北岸に
  あたるための呼称か。
   嵯峨・淳和天皇期にはしばしば行幸もあり、離宮の任を充分果たした
  が、貞観三年(861)には相当荒廃、山崎国司が離宮名をのこしたままで
  国府とすることを奏上して許可され、長岡の地より山城国府が移転。

 これを読むと、私がなぜ京都の山崎蒸留所に行ったのかが見えてくる気もします。単なる偶然かも知れないけど、ここにある離宮八幡宮には行っているんです。それにうちの奥さんと知り合うきっかけの1つが山崎の地でしたし、現在行っている唯一のバーが「湯島」と「銀座」にある山崎。そして、編纂に関わった人の中に「野口」なにがしという人が検索すると何人か出てきたりします。京都、特に山崎の地に妙に親近感を覚えているのには理由があったんですねぇ。うーむ、考え過ぎかなぁ...。

2003.10.29(水)  晴れ そば仕事

 収穫した蕎麦を脚立にかけて干していたのだが、雨に何度かあたられてしまった。雨の後で今日のような暖かい天気だと、蕎麦が萌えてしまうので、蕎麦を脱穀した。といっても、足踏み脱穀機を出すのがおっくうだったので、手仕事になってしまった。

 まだ少し残っているので、明日にでも残りをしないとそれこそ芽が出てしまうヽ(^。^)丿

2003.10.27(月)  晴れ ようやく帰ってきました

 片づけばかりしているので、なかなか進まないのが籾摺り。今日は結局段取りだけで終わってしまった。さっそく作った籾摺り機台の試運転が明日始まります。電気屋さんも出かけている間に工事を終わらせてくれていました。

2003.10.26(日)  晴れ@檜原 きのこ

カンカラ三銭
 さすがにスケジュールがきつかったのか、朝から一日じゅう目が痛い状態でした。土曜日からきのこ狩りをしていたメンバーと合流して、夜遅くまで騒いでいたせいか、2日目の予定を私はパスして休息。

 合間にチェンソーの使い方講座と、13mmの鉄板でできたストーブの取っ手の補修方法を若い衆に伝授。しかしここは、本当に手作りで、道具を作る道具自体を作ってしまったり、濃いメンバーが多いです。中の1人のTaさんという方は、「カンカラ三銭」なるものを披露。お菓子の缶に弦を張って三味線を作ってしまった。子供達はまわりで楽器に合わせて釘打ちを始めるし、なかなかのどかな一日でした。

2003.10.25(土)  晴れ 18年ぶりに新アルバム

3人で花束を
 朝は栂池にいたと思えば、夕方は渋谷、夜は檜原と分刻みのスケジュール。それってアイドルみたい(^^;;

 今日渋谷のHMVで開かれた石野真子さんのミニライブ、本当に久しぶりに直接に歌を聴くことができました。アイドル時代と比べるとすごくイキイキとしていて、何かが吹っ切れたのか、そうせずにはいられないのか、本当のところは不明だけど、「ものすごく良かったね」って握手の時に口から出ました。歌声も乱れることなくて、かなりの特訓の後が伺えました。でもそういったことを一切見せないあたりが彼女らしいというかなんというか。

 実はこれを書いている27日の朝のTVに私も映っていたらしいんですが、さすがにダウンして朝が遅かったので、見れなくてちょっと残念。

2003.10.24(金)  晴れ@栂池 加工場を作るには

栂池の紅葉
 以下はやや専門的な話。

 初日23日のお話しは、長野で農産加工を長くされている方で、小池さんといいます。この方は全国で最初に野菜の直売所を作るのに関わった人で、それが実は千葉だったりします。千葉は成田線沿線の行商があったので、売りに行くという農業の別の形に素直に入れたと言います。うちの祖母も三河島まで行商に歩いていました。重い時で80kgぐらいの行商籠を担いで、一番電車に乗って売りに出ていました。
 2日目のお話しは、町田で加工をされている西さん。実際の苦労話などいろいろとお聞き出来ました。

 直売所の話、加工の話、その他もろもろ…。話の中で出てきたキーワードだけ並べてみても、以下のような感じです(私の主観が大部入っていますのでご注意を)。
  • 安全を求める…2年前までは全体の1割程度しか裏面の表示を見なかった。今では9割の人が、つまり男性でも裏面(商品名・産地・消費期限・量目)を見る時代
  • 本物志向/健康ブーム…大手も参入してきている状況である。差別化=個性を持つことが必要。作り手の顔をどう見せるかが鍵
  • 食品のブティック化、つまりは高級志向。一方では中国産などの安い素材を商社が輸入。
  • 健康をキーワードにマスコミからの情報が氾濫…以前は爆発的な売れ方の後にブームが去るの繰り返し。今は「静かなブーム」
  • 直売所が生き残る道として、センス向上とニーズの把握、市場価格を形成する人からの視点。
  • 国産の素材を売る。流通のためのキーマンとなる人材をどう求めていくか。
  • ながめに来た客、買い物に来た客を見分けるセンス
  • 調理方法をつけた野菜。抱き合わせ販売。客層にあった商品。
  • デフレ…余分なものは買わない。でもいいものは欲しい。でもいいものが何か判らない。
  • 技はあるが作るのが面倒である:食べたいんだけど作り方を知らない。何れにしても主婦のニーズがキーになる。
  • 「食べる」とは何か?
  • ○○県フェアが廃れない理由は何であるか?
  • 子供の目は正直であるということ。価値あるものを価値ある形で提供するのが「正直」への道。「個」である必要性。
  • 縁…1:1ではなく、n:mの交流。全体の2割のお客さんをターゲットにしても、「正直」であれば残りの8割はだまっていてもやってくる。
  • 売るのは「真心」…ものをお金にしない。素材にも真心を。
  • 心のあるところに立ち止まる
  • 「和」を大切にする…共同作業であるということ。危険がつきまとう上に、食品をプロとして扱うことの自覚が必要。あとは和みの中で仕事をする。
  • 我が家の家風を出すということ…グリーンツーリズムの考え方の基本となっている。
  • ものを売るのに「無理」はしないということ
  • 共販体制から個々の販売へ。「個」から「個」への販売。
  • 責任の所在…食品加工の製造者、すなわちは加工所はすべての責任を負うことになる。PL保険は必須
  • 固有記号契約…これにより、「製造者:aaa」から「販売者:bbbxx」の表示が可能。委託加工のための手段。他の農業者への配慮。ラベル等を自由に使える


 加工所を立てるにあたっての具体的な注意点や、県によって人によって、また聞き方によって変わってくる認可の実体などそのほかにもいろいろな話が聞けたので、帰りの電車は消化不良気味。たまたま途中駅(無人駅だと思いますが)の真ん前に3反程度のブルーベリー畑を発見し、これからを思った栂池からの帰路でした。

2003.10.23(木)  晴れ@栂池 議員さんじゃあないから

テーブルウェア
 農文協の現代農業読者の集いというのに参加しに栂池まで行った。さすがに長野の北部だけあって紅葉がとてもきれいでした。南小谷の駅を降りるとさらさらと小雪がちらつきました。

 テーマは加工・起業。うちでジャム屋ほか農産加工を始めるにあたって、いろいろと調べを進めている最中にたまたま見つけて出かけたんですが、参加者も講師の方もパワーが凄いのに圧倒されました。駅から栂池センターの方が送ってくれたワゴン車の中で、講師の1人である西貞子さんたちとお話しをしていて、たまたま私が以前お邪魔した静岡の仲田さんをご存じないかと思いお聞きしたところ、たくさんの人に会うので覚えていない様子。「議員さんじゃあないから覚えられなくて」。

 私も名前は覚えられずの人なので、ある意味同じかなぁなどと話しつつ、到着。参加者は20名ほど。程良い人数のため内容の濃いセミナーとなりました。この栂池センターの厨房の方は、写真も料理もテーブルセッティングもセンス良くこなす方で、完璧と言っていいくらい素晴らしい方でした。

2003.10.22(水)  雨 PHP

味噌切り
 PHPと言っても出版社の名前ではなくて、WEBサーバ用の言語なのであるが、なかなか使いやすい。さりげなくトップページを変更してみたが、Win/Mac/携帯/ザウルスなどからのアクセスと、IE/NNなどの諸問題を解決するべく、現在いろいろとトライをしてみています。年内には、何とかしたいなぁ。

 今日のように雨だと中仕事になるんですが、昨日今日と遅れに遅れた味噌切りを行ないました。本当は7月上旬の梅雨の合間に行うんですが、今年は遅れに遅れてしまいました。画像は意図的に判りづらくしているけど、色からして全自動「う○ち」製造器のようになります。明日からは、栂池まで出かけてくるので、次は10/26かなあ。

2003.10.18(土)  晴れのち雨 蕎麦の人

 昨日から電気屋さんが来ている。8月の末に生コンの圧送屋さんが切ってくれた電線を張り直すのと、乾燥機小屋にちゃんと動力分電盤を移設するために呼んだ。近所のいわゆる町の電気工事屋さんである。親子2代で関わってもらっているし、現在は消防団でも一緒なので、「そばにいる」人なわけで、気兼ねなく「仕様変更」が出来るというか、現物あわせで仕事をしてもらえるのが心強い。

 午後から雨になり、予定していた蕎麦の収穫を見送ることになって、中仕事を余儀なくされた私と、屋根が滑るのでどうしようかと考えていた電気屋さんとで利害関係が一致したので、自分でやろうとしていた別件の工事をすかさず(^^;;お願いした。

 夜になって、約束のあった古川さん(銚子で蕎麦の製粉所をしている方)が訪ねてきた。昨年サイクリングがてら訪ねていったのだが、今回はうちまでわざわざ遊びに来てくれた。いつお会いしてもニコニコしていて気持ちのいい方である。蕎麦の話とか最近のインターネットショッピング事情とか、いろいろな裏話をお聞きしつつ、あっという間にカレンダーが変わってしまった。最近は蕎麦の人だけではなくて、クワガタの人にもなってしまったようで、なかなか守備範囲が広い方のようです。

2003.10.16(木)  晴れ にわか大工

グレーダ新旧
 さてさて、休息も充分に取ったので、ようやくお仕事に戻ります。乾燥機小屋に仮設置してある籾摺り機とグレーダですが、直接軽トラに積めるように全体レベルを上げようということで、台を作り始めました。何分にも大工の小せがれですから、それなりにやっつけ仕事は出来ます。道具も揃っていますし、材料も結構あります。枯れきった檜板とか赤松の間柱とかを使って、18mmの構造用合板で天端を固めました(さすがに合板は買った)。使いやすさを考慮して籾摺り機とグレーダそれぞれに台を設け、産業用キャスター(総耐荷重=520kg)をボルト締めします。

 親父さんの大工道具も、現役を引退してしばらく経つので、刃物類は研ぎ直さないといけないし、鋸は目立て直さないといけないのですが、なんとかやってしまっています。これが終わったら目立て屋さん行きです。鉋屑が結構出るので、これはこの季節だと竹やぶに持っていくかブルーベリーの根元に入れようかな。あまり大きくないので生ゴミリサイクル施設(ようはゴミ捨て場だけど)に糠とともに入れるのもいいかも。

 写真は70kgあるグレーダを台に乗せたものです。右後ろに籾摺り機がちらっと見えますが、これで軽トラの荷台の高さがグレーダの秤の高さと同じになります。左奥には古い米選機があるのが見えるでしょうか。

2003.10.13(日)  くもり時々雨強し カッパ橋道具街

カッパ橋道具街
 朝のうち風が強いと思えば、昼過ぎは土砂降りの雨。所用があってカッパ橋の道具街まで行ってみるとお祭りということで、湯島の白梅太鼓の女性たち、カッパを着ることになった中学生たち、カッパを着ぐるんでいた商店街の方、などなど、なかなかすごいイベントになったみたいです。いやあ、スタッフは大変だったろうねぇ。

2003.10.12(日)  くもり 10周年

月辰会のクルーズ
 私の行っている整体屋さんの先生は、「へんな人」なんですが、開業して10年ということで患者さんを交えて50名ほどで東京湾クルーズ・シンフォニーの旅を楽しんできました。とても楽しいというか大笑いしてしまうような趣向の企画で、あの先生ですからスタッフの方々のご苦労が忍ばれます(いい意味でも悪い意味でも(^^;;)。

 船の接客スタッフ曰く、「こんな楽しく最後まで笑いの絶えない宴は見たことない」そうです。お昼過ぎに京都から帰ってすぐに出かけるという強行スケジュールでしたけど、行った甲斐がありました。京都で見つけた作務衣の値段とほぼ同額の企画。一瞬作務衣にくらっと来ましたけど、来て良かったですわ。

2003.10.11(土)  くもり@京都 7周年

山崎蒸留所
 インターネットを使える端末が、定宿としている京都ガーデンホテルにも置かれたようで、まずは天気の確認。「どうにかなりそうだ」ということで、メインの目的地の1つであるサントリー山崎蒸留所を訪ねました。ちょうど7年前の10/11の金曜日、九州に行く途中で京都にぶらっと寄る予定を立て、蒸留所の見学を申し込んだのですが、当日いきなり「今日ゲストルームがオープンするので、テープカットをお願いしたい」と言われ、見学者団体客150名+地元の方5〜6名、工場長を含め工場の関係者20名程度の前でハサミをとりました。いやあ、さすがに緊張しましたねえ。聞くところでは、そのときの様子が社内報に載っているらしいとのことでしたので、是非拝見したいものだとリクエストして参りました。

 その後、嵐山公園から嵯峨に裏道で抜け、ぶらぶらとしました。京都バラ会の重鎮、亀山寧氏のバラ園に隣接する喫茶店に向かう予定でしたが、シーズンではないためか休業中。嵯峨駅近くの和紙屋さん、ホテル側の作務衣の卸屋さん、梅の専門店などを通って、ホテルから数分の堺萬へ。このお店は京都で1、2を争う鱧料理のお店で、何度か伺っていますが、至福のひとときが楽しめました。唯一チョンボしたのは、すぐ近くの姉妹店に間違えて入ってしまったために、仲間を待たせてしまいました。いやあ、落ち鱧に松茸、たまりませんわぁ。

2003.10.10(金)  晴れ時々くもり@京都 5周年

早いもので...
 早いもので、10.10.10に結婚してから5年が経ちました。その記念と農作業のお疲れさまを兼ねての京都旅行。珍しく予定はあまり立てずに出かけました。

 堀川通りの東側、油小路中立売にある楽美術館、北に上がって宗家の宅を廻り、北山に抜けて植物園によりました。途中、恐ろしく安いチャーハン屋さんとか、和菓子を展示していた博物館とかを抜けて、まずは1日目を終了。帰りがけにワインとチーズを調達してホテルにて乾杯。久々の京都に満悦しました。

2003.10.09(木)  晴れ お休み

 久々に用事があって東京に出かけた。農作業はお休みである。それにしても人が多い。人口密度も多いからストレスは溜まるだろうな。

 出かけついでに前の会社に寄った。社長の交代で若い衆がようやく張りつめるようになってきたように思う。同じ誕生日だった後輩が亡くなったのはショックだった。

 木曜日は「ある理由」でコンピュータ用の中古のパーツがいいものが出る。入荷直後の筈なのは、前の会社のそばにある資源回収業者が火曜日定休なので、たぶん、業界的にも同じ休みであるだろうから、結果的に木曜日にパーツ屋には入庫するようだ。確認したわけではないが、会社を休職してからは、平日の朝早く何度か出かけたことがあるので、当たらずといえども遠からずであろう。1GBのMOが30000円近いものが9800円だったので買ってきた。無事動いたので、一安心。

 明日からは、京都に行って来ます。セキュリティの関係から、外部からは修正出来ないんですわ、この日記。ですので13日までお休みです。
(携帯からメールを送ったら、自動的に編集する仕掛けでも作ろうか(^_^)//)

2003.10.07(火)  晴れ風強し 藁敷き

 遊んでばかりもいられないので、藁を運ぶのは少しとして、茶畑、ブルーベリー畑に敷いた。敷きっぱなしだと不具合があるので、啓蟄の頃をみはからって、株元の敷き藁をまた片付ける必要が出てくる。藁はちょうど1年で腐るのでいい資材である。のぼっちにしておくとさらに保つ。

 藁の敷き方ひとつとっても、性格が出るというのか、結構面白い。このところ風が強いので、コンテナ植えのブルーベリーはだいぶ乾いてきた。たまには乾かしてみないとね。何事もメリハリだから。

2003.10.06(月)  晴れ 疲れた〜その3

 疲れを取りに温泉に行った。少しは取れたみたい。

2003.10.05(日)  晴れ 疲れた〜その2

 疲れが出たので籾摺りはお休み。というより、穀入れパート2の扉を修理するのが先決であるし、そのためには扉を大工道具で修理する必要があるし、直さないとリタイアしたはずの親父が頑固なやり方で直す(^^;;ので、それに専念した。とはいえ、ノミとカンナを研ぐことから始まり、帯鋸は使うわ、古材は探し回すわで、仕事が捗らない! 疲れているんだなぁと思いつつ、午前中に終える。さすがにノミもカンナも真剣に研いでいないから使うのに時間がかかり疲れます。研いでいない刃物ほど危ないものはないです。あとで、道具類をみっちり研ぎ直さないとなるまいて。

 午後からは、川口安行まで出かけての秋の球根買いだしツアー。といっても、単なる気晴らしのツアーでもって、園芸フォーラムのメンバーが3名だけなので行くところは決まっている。疲れているというのに、ボウリングをした。他の2名は上手なので、スコアとしては今ひとつだけど、我々夫婦揃って9フレームスペア、10フレーム ストライク ダブル。とここまで一緒(^^;; 私だけ最後7ピンだったけど、うちの奥さんはまたまたストライクだった。やったね!高得点だぁ。

 この最終ゲームには、我々の性格が出ているなぁ...と思った。ともかくも最後にだけ(^^;;いい結果が出るというのは、気分がいいです。疲れないためにはということで、教えてもらったアドバイス。
「ストライクを投げれば、回数少なくて済むよ」
でも、寄りによって10フレームで投げることないのにね。

 さて、明日は何をしようか。ゆっくり眠るのも1つの選択肢だよね。

2003.10.03(金)  晴れ 疲れた〜

 今日は農作業は一切お休み。籾摺りと藁まてが大部残っています。

 ブルーベリー協会の総会とシンポジウムが秋葉原であったので出かけたのですが、内容があまりにも濃くて聞いていて疲れました(^^;;農作業疲れの体は平気でも頭が回らない...というか回りすぎてしまって疲れたらしい。テーマは病害虫防除。食の安心安全がテーマであり関心事であり、マイナー作物としても問題とか品種・地域・栽培者の立場等々多岐に渡って話が出ました。残念ながら懇親会は欠席したのですが、きっと濃い内容だったのでは?

 その後、大船まで行き、東儀秀樹さんのコンサートを聴いてきました。雅楽との融合の世界、collaborationという言葉が大部定着していますが、農の世界も重要なキーワードだなと今日のシンポジウムでは感じた次第です。圃場規模の拡大は経営上どこまでなのか、単一作物単一品種の持つ弊害とメリットの損益分岐点、こんなことを思いながら音楽を聴いていますから、ストレスが溜まるのなんの...。

 頭が疲れたと思ったら、その疲れが体中を巡ったり、右の掌からホールの壁に向けて何かが出たり、頭と体がとてもアンバランスな一日でした。これが続くとストレスになるんですよね、きっと。帰りの電車で100%のオレンジジュースを飲んだので、だいぶ疲れが足元まで降りたようです。明日は農作業に戻って籾摺りですわ。

2003.10.02(木)  晴れ 籾摺り機新旧

籾摺り機の写真
 籾すり機のロールの具合がイマイチだったので、どうしようかと思っていたら、中古の出物があったというので、思い切って買い換えた。籾摺り機+グレーダの組み合わせ(写真右下)で持ってきてもらったが、新品だったらグレーダも買えないぐらいの金額で両方を買った。うちの母親と奥さんの仕事を奪うことになるこの機械は、2人分のこの秋の手間賃とほぼ同額になるとわかった。

 うちにあった籾摺り機(写真上段)は少なくとも20年は経っていて、何枚かある万石網の角度調整とか、ロールの幅とか、調整が微妙に職人技であった。これは母の担当。
 一方、米選機は、縦線の間隔と傾斜角が圃場の具合を見て調整するこれまた職人技(写真左下)。これは私の担当。
秤に箕で持っていき袋詰めするのは今年はうちの奥さんの担当であったが、グレーダは米選機と秤の役目を勝手にしてくれる。

 古い機械はまだ使えると言えば使えるし、新品でこれらの機械を買ったなら、今年の相場で50俵程度も米が必要になる。連年だともっと多く必要だ。まぁ、今年は泣きに泣いて買うことになったが、きっと20年ぐらい保つから、1年にすればたいした額にはならない。でも、農機は高いよなぁ...。



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